連れもて行こら|集団主義・連動のデメリット

田舎で生まれ育った筆者の感想です。
昔の思い出も、色々あります。
四半世紀を経過して思うことを述べます。
田舎暮らしの思いやり

一緒に連れて行くことは良いことだ。
そういう考え方が子供の時に身についている場合がある。
助けてあげるということは良いことだ。
しかし、常に一緒にいることでデメリットも生じる。
基本的に生物は一個の個体である。
自分を管理するのは自分で、最終的に一人で生きていかなくてはいけない。
田舎では友達を誘って学校に行くのが良いことである。
なぜ誘わない?
そう地域教育されていた人は多いはず。
社会に出ると

大学に行って思ったことは、卒業論文の発表の時だが、自分の研究には自分で責任を持たないといけない。
この時に、「連れて行くのは全く力にならない」と痛感した。
連れて行くことや他を頼りにすることは自分の独立した責任にならない。
社会に出るとそれでは通用しない。
つまり、連れて行くことは人の本来の機能を損ねる。
自分で自立した道を歩むには、「連れもて行こら」(連れて行こう)では成立しない。
事業をするのも同じことで、団体で一つのことをするのと自分で事業をするのとでは異なる。
個人事業をする人に、連れて行こうという形を適用することは非常に迷惑になる。
団体で意見を合わせるのをルールとすると、依存型の精神の沼になり、新しい発想が生まれてこない。
生きるチカラを奪い、地域エネルギーを低下させてしまう。